+αインタビュー

松戸神経内科/JCHO東京高輪病院 神経内科医

高橋 宏和氏

 

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3分診療時代の長生きできる受診のコツ45」(世界文化社)が話題を集めている、神経内科専門医の「カエル先生」こと高橋宏和氏へのインタビュー後半です。
前半の記事はこちら「「3分診療時代の長生きできる受診のコツ45」出版記念インタビュー 1/2」です。

「母ちゃも婆様も看護助手助手制」の「吉里吉里(キリキリ)国」

高橋 今後、医療のニーズが増える中で医療資源を上手に使うためには、患者さんもある程度、自分で自分の健康を管理するセルフケアの必要があると考えます。そうなれば、たとえ病気をもっていたとしてもスムーズに生活していけるのではないでしょうか。
阿部 そのように考えられるようになったきっかけは何でしょうか。
高橋 昔読んだ井上ひさしのフィクション小説「吉里吉里(キリキリ)人」です。この話の中に「吉里吉里」という、日本の東北にある地域が登場します。

吉里吉里国は日本から独立して医学立国を目指します。この地域には埋蔵金があり、埋蔵金を原資として優秀な医療者を育成します。吉里吉里国では、「ホームナース制」「母ちゃも婆様も看護助手助手制」(ともに小説より)といって、一家に1人、看護助手の助手くらいの医療知識を持つように国のシステムで教育されています。吉里吉里国の住民は、ちょっとした風邪をひいてもいちいち病院に行きません。家族に一人は医療従事者として医療を学ぶことを義務付けているので、困ったらその人に相談をします。それでも困ったら、近所で医療知識を持った人が話し合って解決します。そして、それでも解決できないような本当に困ったことがあってはじめて病院へ行くのです。これは「自分のことは自分でする」ということなのだと思います。

 

阿部 面白いですね。吉里吉里国と今回執筆された本とのつながりをもう少し詳しくお聞かせください。
高橋 つながりは二つあります。まず、この小説を読んで、限られたマンパワーでどこまで医療を供給するかという問題について考えさせられました。一般的に、限られた医療のマンパワーで幅広く国民に医療を提供しようとすると、議論の途中でなんでも幅広く診療する総合医の話が出てきがちです。もちろん総合医は大切ですが、医師のうち総合医の割合ばかり増やしていって、その分専門性をもって高度医療を行う医者が減るようなことがあっては良くないと思います。

それから、国民の医療リテラシーが底上げされれば、ちょっとした風邪くらいなら自分で何とかできるようになります。吉里吉里国のように国民が看護助手の助手くらいの知識をつけることができれば、高度医療人材を残しつつ、国の限られたマンパワーを活用できるはずです。患者さんからしても、軽症のときにいちいち病院にいかなくてすめば、時間もお金も節約できます。
阿部 医療供給側と受ける側の両者にメリットがあるのですね。マクロの視点で考えると医療需要にはいずれ上げ止まりがくるので、単に供給側を増やすのみという対応は望ましくないと思います。住民がセルフケアできるようになることと、限られた医療資源を活用できるようにすることはとても重要だと思いました。

 

医療は「ディフェンス」

高橋 国の経済全体をディフェンスとオフェンスにわけたとき、医療はディフェンス部門に該当します。オフェンス部門には日本経済のためにお金をどんどん稼ぐ人たちがいて、それが原資となって経済が回っていき、ディフェンス部分の医療や介護にも回ってきます。
阿部 医療政策の位置づけでは、医療や介護のような社会保障は、国民が安心して経済活動を行うための基盤としての社会的共通資本でありインフラですね。
高橋 自動車メーカーや電機メーカーといった優秀な企業がどんどんお金を稼いできて、そこで雇用を生み、税金を納めてもらい、それが国民一人ひとりに回ってくる。そして、医療というインフラがあるから労働者が病気になっても復帰できます。これらは両輪の関係にあります。
また、医療需要が増えるからといって限られた生産人口の中で医療介護の分野ばかり人を増やすわけにはいきません。モチベーションの高い人が医療だけでなく他の産業にもいながら、専門性が高い医療を維持していくためにも、国民の医療リテラシーが上がることが大切だと思うのです。例えば、病院に勤務していると、血圧が少しだけ上がっただけでも夜中に病院に電話してくる人や、救急車を呼ぶ人がいます。でも、国民の医療リテラシーが上がってその人が血圧について基本的なことを知っていれば、そのようなことにならずに済みますよね。
阿部 はい。患者さんが基本的な予防知識を持っていたり、どんな時に医療機関に行けば良いかを知っているだけでも、状況は大きく変わると思います。
高橋 現実では、もし患者さんがどういうときに医療機関に相談すれば良いか分からなくても、医療者に一言聞けば教えてくれるものです。患者さんと医療者がそのようなコミュニケーションの回数を重ねていくことで、医療者のスキルも上がっていくと思います。
 
阿部 コミュニケーションについて伺いたいのですが、本の中に、患者さんのことを第一に考えている医師の対応と、逆に患者さんのためにならない対応をする医師について、それぞれの特徴が書かれています。患者さんがそういったことを知ることで、どのような変化が起きるとお考えですか。

高橋 なかなか自分からは対応を改善しようとしない医療関係者に対して、医療者側から今「変わりましょう」と声をかけてもすぐに変わることはないでしょう。しかし、患者さんのサイドからコミュニケーションの仕方を変えることで、医療者にも変化が起きることを期待しています。患者さんから治療の仕方、医療のあり方を問われることで、医療者はコミュニケーションのあり方を見直したり、説明責任を果たしたります。さらにその学習を重ねて医療者側のスキルも上がると考えています。

海外などの学会で発表に行って質問攻めに合った時にうまく答えられない医者はたくさんいます。でも、普段から患者さんからの質問へ真剣に返答をする習慣があれば、説明力も上がっていくはずです。いろいろ患者さんに質問されることで日々質疑応答に慣れていき、学会発表もうまくなるという良い効果もあるかもしれません。

 

出版後周囲に起きた変化

阿部 本を出版された後、患者さんに何か変化はありましたか。
高橋 患者さんから、「お医者さんに質問しても良いんですね」と言われました。私は逆に「質問してはいけないと思われていたんだ」と気づきました。医療者は「患者さんから何も聞かれないから患者さんからは質問がない」と考えがちですが、患者さんは「質問してはいけない」と遠慮していたことに驚きました。患者さんは自分の身体を預けているのだから、どんどん質問してもらって良いと思います。

また、本に書いたような、体調に関するメモを受診時に持参するようになった方がいらっしゃいます。このように患者さんが時系列で体調変化のメモに整理してくれることで、私としても診察がしやすくなりました。

阿部 医療者には何か変化はありましたか。
高橋 本を読んでくださった開業医の先生は、本の中に書いた提案に前向きな評価をしてくださりました。

現場にいる医療者は、忙しくて医療現場で起きている問題の所在を明確にして世に訴えるには難しい状況です。しかし、現場からは「よくわからないけれど疲れるな」「患者さんも何を言っているかわからない」といった声がよく聞かれます。その要因としてコミュニケーション不全があることを提起できた点で、この本を書いて良かったと思っています。

 

読者に伝えたいこと

阿部 本の中には色々な情報が書かれているのですが、書かれている内容は誰かに対して利害をもたらすものでなく、患者さんが病院を受診されるときに必要なエッセンスだと感じました。ぜひ周りの人にも読んでもらいたいと素直に思います。
高橋 自分の立場を超えてフェアに書けたと思います。世の中には、これが絶対だと書いてある本や、お金儲けにつながるような医療本、患者さんがそれを読んだところで何を基準に行動をすれば良いのかわからないような本が出回っていますが、それでは読み手にとって一瞬の面白さはあっても実生活に活きないですよね。
だから、何が本人のメリットになるかを考えて、患者さんのための本、読者のための本を書くことを目指しました。
 
例えば時間外診療に関して、医療者が「その状態だったら時間が早いうちに夜間救急に行った方が良い」と言っても、患者さんからすればなぜそうなのか理解できない。実際は、時間外診療であっても早く行けば当直医も疲れていないし、検査技師も退勤していないから、行くなら早く行った方がメリットがあると書きました。
その他にも、救急車を呼ぶ前に、本当に救急車を呼ぶべきかに関する電話相談窓口があることを知らなければ患者さんが損だと思うので、電話相談窓口の連絡先を書きました。東京都のデータによると、救急車に乗った患者のうち50%が軽症で、実は救急車が不要だったとのことです。こういった現状に対して、医療者側や自治体側は「安易な救急車の利用は避けましょう」というポスターを作りました。でも、その啓発ポスターのみでは、患者さんがどういう状態の時に救急車を呼ぶべきか呼ばなくてもよいかわからないですよね。だから、結局また本来は必要のない救急車を呼んでしまう。もし住民が電話相談の存在を知っていれば上手に救急車を使えると思います。ただし、そういった電話相談自体がない地域もあります。

 

ご自身のキャリアとの関連

阿部 今回の執筆は、高橋さんの今後キャリアとどのように関連するとお考えですか。
高橋 2015年の自分の考えを整理できたことと、世の中に対する問題提起として形になったという意義は大きいと考えます。問題意識をもつだけでは世の中に発信できないので、本という形でまとめられたのは良かったです。今後はさらに情報発信力を上げていきたいです。

 

 

話し手 高橋宏和(神経内科専門医。松戸神経内科医、JCHO東京高輪病院勤務、
「臨床+α」理事。「+αな人」記事はこちら
聞き手 阿部真美(東京大学大学院在学中、「臨床+α」理事。

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髙橋宏和氏
・ウェブサイト

http://hirokatz.hateblo.jp/

http://www.takahashi-hirokatsu.com/

・著書

3分診療時代の長生きできる受診のコツ45』世界文化社 2015年

松下政経塾講義ベストセレクション地方自治編』(共著)国政情報センター 2010年

・略歴
千葉県生まれ
1999年 千葉大学医学部卒業。神経内科入局
2000年 成田赤十字病院
2001年 下都賀総合病院
2002年 松戸市立病院
2004年 千葉大学大学院入学。重症筋無力症の臨床研究に従事
2008年 医学博士取得。財団法人 松下政経塾入塾。地域医療のフィールドワーク等
2011年 松下政経塾卒塾。松戸神経内科、JCHO東京高輪病院

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