高橋 競 氏
障害者に優しい社会作りに貢献したい~リハビリテーション+国際保健
氏名 | 高橋 競 氏 Kyo Takahashi, RPT, MHS |
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年齢 | 33歳 |
現在の職業 | 大学院生 |
現在の勤務先 | 東京大学大学院医学系研究科国際保健学専攻国際地域保健学教室(博士課程在学中) |
出身大学・学部・卒業年度 | 国立療養所東京病院付属リハビリテーション学院理学療法学科 1999年卒業Concordia University ESL・2005年修了 早稲田大学第二文学部・2007年卒業 東京大学大学院医学系研究科国際保健学専攻国際地域保健学教室(修士課程)・2009年卒業 |
臨床専門分野 | リハビリテーション(理学療法) |
+αの道に入る前の臨床経験年数 | 7年 |
+αの道に入った後の臨床経験年数 | 非常勤2年、JICA専門家2年 |
+αの道に入った際の年齢 | 29歳 |
+αの道の種類 | 国際保健 |
何故+αを選んだのか
理学療法士として総合病院、地域診療所、訪問看護ステーションに勤務してきました。様々な形での臨床経験を重ねるなかで、(特に地域の)障害者の幸 せのためには、医療だけではなく社会を変えていかなければならないと強く思うようになりました。健康や障害を社会との関わりのなかで捉える視点を体系化し た世界保健機関の国際生活機能分類(ICF)の概念が、病院や地域におけるリハビリテーションに浸透しつつあったことの影響もあったかもしれません。
仕事を続けながら闇雲に勉強していく中で、地域社会開発に障害の視点を入れるCommunity-Based Rehabilitation (CBR)やPrimary Health Careの概念、そしてDavid Wernerの著書などに出会い、海外のダイナミックな活動への関心が少しずつ高まっていきました。理学療法士として青年海外協力隊等へ参加する可能性を 考えたこともありましたが、理学療法士という枠を超えて障害者に優しい社会づくりに貢献できる国際的人材になりたいと思うようになり、国際保健の道を志す ようになりました。
どのようにして+α道に入ったのか
大学院入学前から、障害やリハビリテーションに関する勉強会やイベントなどに積極的に参加し、同じ関心を持つ仲間とのネットワークを広げるようにし ました。また、日本ユニセフ協会や早稲田大学平山郁夫ボランティアセンターの海外スタディツアーに参加し、国際協力活動についても理解を深めるようにしま した。
東京大学大学院国際地域保健学教室への進学を決めたのは、健康を人権や人間の安全保障の文脈で考える神馬征峰教授と、国際保健分野において障害やリハビリ テーションを研究する重要性について共感できたことが大きかったように思います。国内で非常勤の仕事(訪問リハビリテーション)を続けられることや、英語 で教育が受けられることも魅力的でした。
修士課程在学中には、ベトナムのNGOにおけるインターンシップを経験し、その後も修士論文の研究のため何度もベトナムを訪問しました。研究のタイトルは ‘Social capital and life satisfaction: a cross-sectional study on persons with musculoskeletal impairments in Hanoi, Vietnam’です。社会関係資本と障害者の生活満足度との関係について、定量的にまとめることができました。様々なカルチャーショックに苦しみながら も、多くの方々に支えられたベトナムでの経験は、その後の仕事や研究の礎になっているように感じます。
博士課程進学後すぐに、コロンビアにおけるJICAプロジェクト「地雷被災者を中心とする障害者総合リハビリテーション体制強化」に、長期専門家(チーフ アドバイザー/総合リハビリテーション)として2年間従事する機会をいただきました。プロジェクトを運営管理する総括業務と同時に、日本のチームリハビリ テーションをコロンビアの状況に合わせて根付かせるための専門的技術指導を実施しました。二国間援助のスケールの大きさやラテン文化に戸惑いながらも、コ ロンビア人との真剣な対話を繰り返したことで、国際協力を仕事にすることの厳しさや喜びを感じることができたように思います。
+αの道はどうであったか、何を学んだか
ベトナムやコロンビアでの経験を通し、障害に関わるということは、医療だけではなく社会全体に関わることであると再認識しています。障害者の幸せには、医療だけではなく、仕事、教育、環境、法制度など、様々なものを変えていかなければなりません。
例えば、コロンビアで知り合った地雷被災者のオスカルさん(両腕と視力を失いながらも、地雷被災当事者団体の代表を務めたり、観光ガイドをしたりし て活躍している方)に幸せについて尋ねたことがあります。そのとき彼が大切だと言っていたのは、機能リハビリテーションなどの医療だけではなく、安定した 収入が得られること、そのための教育を受けられること、活動範囲が広がること、社会保障制度がしっかりすることなどでした。国際保健を学び現場で活動した ことにより、障害という概念とリハビリテーションの役割を俯瞰的視点から見つめ直すことができたように思います。
しかしこのような視点の変化は、障害者の幸せのために医療が果たす可能性を過小評価したり、否定したりするものではありません。自分の専門性の軸はやはり 医療リハビリテーション(理学療法)であり、それが障害者の幸せに貢献できるものであるという信念は全く変わっていません。
日本におけるリハビリテーションのパイオニアである上田敏先生は、多くの著書のなかで、リハビリテーションとは「全人間的復権」であるということを繰り返し強調しています。障害者の「新しい人生の創造」のお手伝いができるからこそ、私たちの仕事はやり甲斐があると―。
コロンビアで、現地のリハビリテーション専門職とリハビリテーションの目的について深く議論したことがあります。なんのために身体機能訓練を行うのか?訓練は日常生活のどこにつながるのか?日常生活が変わるとその人の人生はどう変わるのか?
コロンビアに限りませんが、忙しい臨床現場では、自宅や地域の中での生活を念頭にリハビリテーションを行う大切さを忘れがちになります。機能リハビ リテーションの目的は日常生活活動レベルの向上であり、それが社会参加やより良い人生につながるということは、リハビリテーションの普遍的原則です。その ような当たり前で大切なことを国境や言葉を超えて互いに理解できたこと、またそれをコロンビアの臨床現場に根付かせるための活動ができたことは、ひとりの リハビリテーション従事者としてとても幸せな経験でした。
一人ひとりの患者さんと接する臨床現場は離れてしまいましたが、それでもリハビリテーションが持つ前向きな力を信じる気持ち、そしてリハビリテーションという魅力的な分野に関われることの喜びは大きくなっているように感じています。
また、今後の国際協力における日本の潜在力を感じることが増えてきているような気がします。ベトナムやコロンビアでの経験を通し、日本は障害やリハビリ テーションについて世界に発信できるものをたくさん持っていることを確信するようになりました。特にこれから高齢化問題に直面する国々にとっては、日本の これまでの経験や現在抱えている問題を知ることは様々な意味を持つはずです。
国連障害者権利条約に批准した国が100を超え、CBRの新しいガイドラインや世界保健機構と世界銀行による障害に関する報告書World Report on Disabilityが発表されるなど、障害に対する世界的関心は高まりつつあります。今後、日本が世界に自らの経験を伝えていくことは、全人類にとって 大変意味のあることです。
現職に+αはどう生きているか、または現職が+αそのものの場合は、臨床経験が現在どう生きているか
病院や地域で働いていたとき、理学療法士として常に患者さんの日常生活活動(排泄、歩行、食事、更衣など)を考えていました。一人ひとりの障害者に 関わるときにも、障害者をとりまく社会全体に関わるときにも、障害者の日常生活レベルまで具体的に考えられることは大きな強みになっています。
また、急性期から地域まで、日本国内で横断的にリハビリテーションのプロセスに関われていたことも大きかったように思います。経済的な事情もあり、 修士課程在学中も非常勤の仕事を続けていました。意図した結果ではありませんが、様々な形で臨床経験を重ねたことにより、自分の守備範囲も広がったように 思います。
今後どのようにキャリアを形成していくか
今後、まずは博士号取得に全力を注ぎます。障害者の幸せが社会全体の幸せにつながるという学術的エビデンスをまとめ、日本から世界へ発信したいと考 えています。そして将来、多様性を認めあえる社会、障害があってもなくても幸せになれる社会づくりに、学術面とフィールドの両面から貢献できる人材になり たいと考えています。
著書など
- 【学術論文】
- ・Social capital and life satisfaction: a cross-sectional study on persons with musculoskeletal impairments in Hanoi, Vietnam., BMC Public Health 2011, 11: 206.
- 【短報など】
- ・「コロンビアの地雷」, 世界HOTアングル,JICA
- ・「コロンビアにおける地雷被災者リハビリテーションプロジェクトの紹介」 理学療法ジャーナル2009年10月号
- ・「コロンビアの地雷被害当事者組織」 ノーマライゼーション2010年11月号
- ・「観光ガイド、オスカルさん。」 ノーマライゼーション2011年3月号
- ・「コロンビア人のまっすぐな優しさ」 ノーマライゼーション2011年8月号