+αな人

岩本修一 氏

医療のギャップを埋めたい~究極の総合医、“船医”を経て~

氏名 岩本 修一、Shuichi Iwamoto,MD
年齢 31歳
現在の職業 医師
現在の勤務先 広島大学 総合内科・総合診療科
出身大学・学部 広島大学 医学部 2007年卒
臨床専門分野 総合診療、家庭医療
+αの道に入る前の臨床経験年数 6年
+αの道に入った後の臨床経験年数 3か月
+αの道に入った際の年齢 31歳
+αの道の種類 船医

岩本修一.上半身写真

何故+αを選んだのか

おもしろそうだったからです。

考えられる臨床医の中で、「船医」以上に楽しそうな仕事が思い浮かびませんでした。やはりワンピースの影響は否定できません(笑)。私の場合は、友人の紹介があって、これは二度とないチャンスだと思い、すぐに応募しました。

以前から海外で医師として働いてみたいという気持ちもありました。私が志願したのは、米国のクルーズ会社のプリンセス・クルーズ社です。船員は世界各国から集まり、船内の公用語は英語です。まさに「海外」で「医師」として働く環境です。

また、それまでに麻酔科医と総合内科医という異なる2つの環境で臨床をしてきました。船医は緊急時の対応もあれば、様々な疾患を診断・治療するスキルも問われます。両方の経験を活かす上でも、船医の仕事がうってつけだと考えました。

プラスαの道はどうであったか,何を学んだか

15階建て、77,000トンの客船には、最大2,000人超の乗客と900人のクルー(船員)が乗ります。クルーは、国籍も職種も年齢もさまざまです。私が乗船時のメディカルは、南アフリカ人のシニアドクターをリーダーとして、イギリス人、カナダ人、日本人で構成される、医師2名、看護師4名のチームでした。

私は、医師として、乗客やクルーの診療を行い、船内の公衆衛生にも携わりました。かぜや発疹、結膜炎などの内科疾患もあれば、創傷や捻挫、骨折などの外科疾患もあります。クルーが仕事中に顔面熱傷を負い、緊急処置の後、救急搬送したこともありました。血液検査やX線検査の設備も船内に備わっています。X線検査は遠隔の放射線科医が読影し報告するシステムになっています。船内の公衆衛生上とくに重要なのが、感染性腸炎患者のマネージメントです。クルーズ船内ではノロウイルス腸炎がアウトブレイクしやすいため、その管理は非常に厳格に行われています。嘔吐や下痢の症状があれば、メディカルに報告され、ナースがすぐに消毒チームや部屋担当係に消毒を指示します。

船内はキャプテン(船長)を頂点とした完全な階級社会です。ドクターはその中では上位のシニアオフィサーに属し、船全体に対しても重要な責任を負います。そのため、安全やハラスメント、ソーシャルメディアなどの研修を受けました。とくに「安全」は繰り返し強調され、全体訓練も頻繁に行われます。乗客を含めた全体避難訓練はもちろん、緊急時の訓練では、火災や浸水を想定して、負傷者救助のシミュレーションを行います。「船から人が落ちたとき」や「船内に爆弾が仕掛けられたとき」の訓練までありました。

仕事上、接することが多いのがシニアドクターです。彼は臨床医としても人間的にも尊敬する存在でした。船医は上述のとおり、内科・外科問わず多彩な疾患を診ることが求められます。シニアドクターは知識もスキルも経験も豊富で、何事にも動じない冷静さと即座に対応する判断力を兼ね備えていました。診療後は一緒にカフェで冗談を言い合ったり、本気で卓球をしたり、プライベートでも親交を深めました。

船医の経験から、私は多くのことを学びました。そのうち、2つを紹介します。1つ目は、シニアドクターの私への接し方です。英語でのコミュニケーション、はじめての船生活、医師として緊急下船をさせるかどうかの判断やその手続きなど、最初は、仕事面・生活面ともに、わからないことだらけでした。そんな私に対し、シニアドクターは、いつも我慢強く相談に乗り、適切な助言をくれました。一方で、医師としての私の意見を尊重し、仕事上のパートナーとして接してくれました。私も彼の姿勢を真似て、今後、後輩に接したいと思っています。

2つ目は、クルーズ旅行の社会的価値です。私が診た乗客の中には、持病が悪化して緊急下船をした方もいました。その方が下船直前に私に言ったのは「予定より短いけど、旅行を楽しめました」でした。「持病のことを考えるなら旅行は控えたほうがいい」という意見もあるかもしれませんが、「持病があるけど旅行したい」という希望を叶えるこの仕事も有意義であると感じました。

現職に+αはどう生きているか、または現職が+αそのものの場合は、臨床経験が現在どう生きているか

現在は、広島大学病院で臨床とともに、医学生や研修医の教育や臨床研究にも携わっています。船医を通じて、リーダーシップを叩きこまれました。リーダーシップというと日本では「カリスマ性」をイメージされがちですが、ここでいうリーダーシップは「自分で決断し、自分が最初に動くこと」です。船上での診療は、急性期病院とは異なり、設備が限られています。今ある情報で判断し、プランを決めるというプロセスは、臨床だけでなく、教育や研究の計画を立ち上げるときにも役立っています。

また、船医の経験を話すことで、総合医に興味をもってもらうことができればと考えています。これから団塊の世代が高齢者となり、日本は未曾有の高齢社会となります。認知症高齢者数も現在の250万人から、2025年には320万人になることが予想され、地域包括ケアシステムの構築とともに総合医の重要度は増していきます。「船医」というちょっと変わった総合医の経験を伝えることで、若手医師が総合医に興味をもつキッカケになればと思います。

今後どのようにキャリアを形成していくか

私は、医療に関するリテラシーやノウハウ、認識のギャップを小さくすることが、今あるいくつかの医療の問題を解決するのではないかと考えています。このギャップは、患者医師間はもちろん、医師とその他の医療者の間、専門医と総合医の間、研修医と指導医の間、経営者と現場の間などを含みます。私は、これらのギャップを小さくしたいと考えています。

研修医や医学生への教育の現場は、ギャップフィリング(ギャップを埋めること)の実践とアイディアの宝庫であり、むしろ自分自身が多くのことを学んでいます。

ギャップフィリングの活動の一つとして、私が運営しているFacebookページ「アブストラクト・ジャーナル」があります。ここでは、海外の医学論文のアブストラクトを日本語要約して記事にしています。元々は、自学のために始めたものですが、ある時期から読者が増え、現在は8500を超えるいいね!を得て、3人のライターで運営しています(2014年12月末現在)。医学の進歩は非常に速く、現場の医療者は常に知識のアップデートが求められています。そのツールとして英語論文は不可欠で、日本語論文のみにアクセスできるよりも情報の量と質の両面で役に立ちます。しかし、医師の中でも、英語論文を当然のように利用している人もいれば、そうでない人もいます。実際、私自身、英語論文を読む習慣がほとんどありませんでした。使い始めると思っているより難しくないことやその有用性に気づきますが、そのキッカケがないことが大きな機会損失となり得ます。アブストラクト・ジャーナルでは医療者にそのキッカケを与えることを目的としています。

今後もギャップフィリングの新たなアクションを続けていきたいです。

ブログ・ホームページなど

・広島大学病院 総合内科・総合診療科
http://home.hiroshima-u.ac.jp/soshinhp/
・アブストラクト・ジャーナル(Facebookページ)
https://www.facebook.com/journalofI

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